2015年3月7日土曜日

主人にしてはいけないもの…

イスラム国というテロ集団が猛威をふるっています。極めて残忍で、日本人も殺されました。同じ人間なのに、どうしてそんなことができるんでしょう?

その問いに、簡単に答を出すなら、それは「主人にしてはいけないものを主人にしている」ということ、そしてその「主人」とは、「思想」だということです。

思想とは、思考や行動の基準になることです。

かつて日本でも、オウム真理教が無差別殺戮を繰り返しました。そこにも「思想」がありました。信者たちは全員がその「思想」の下僕となって、教祖と、教祖の決めた「思想」によって操られ、無辜の人々を殺したのです。

「間違った思想」を「正しい思想」にするというのも大変なことで、周囲がいくら「間違った思想だ」と指摘しても、当人はそれが「正しい思想」だと信じこんでいますから、どうにも始末が悪いのです。

ですから、思想と名のつくもの全てには、さらに崇高な基準が必要です。その基準となるのが、「共存」です。

共存を絶対優先とする。身近な人の存在を尊いものとする。いっしょにいることが何よりも尊い。そういう当たり前のことをしっかりと共有すれば、どんな思想が入ってきても、誰かを排除するとか無視するとか殺すとか、思想からのそんな要請があったときには、「その思想が間違っている」とはっきり認識できるはずです。

私たち現代人は、様々な「思想」に取り囲まれているのかもしれません。自分の考え方や行いが、正しいかどうか、常に「共存」を最高位において、常に冷静に判断して生きたいものです。