2014年7月23日水曜日

私たちは誰も年を取らない。

私たちはよく、年齢というものを大事なことと考えます。

小さな子供に対して「もう9歳なんだから、おねえちゃんらしくしなさい!」とか、「15歳にもなって、こんな漢字も読めないの?」とか、「二十歳っていえばもう大人なんだから、自分のことぐらいしっかりやりなさいよ!」とか、「40にもなってまだ独り身なんです」・・・などなどと、何かにつけて年齢というものを、その人の行いや能力を測る基準にしています。

十年以上にわたって父子家庭の孤独なお父さんだった筆者は、三年ぐらいラブラブで付きあってきた妻と今年正式に夫婦になったんですが、私たちが付きあい初めのころからずっと心がけているいくつかのことの中に、 “互いの年齢というものを重く見ない” ということがあります。冗談半分ですが、互いを実年齢から30歳差し引いて見たり、とっくに亡くなった祖母のような話し方をしたり、小学校低学年みたいな話し方をしたりと、傍から見たら「いい歳をして気持ち悪いよ!」と思われてしまいそうな言動をあえてやって楽しんでいます。でもそうすることで年齢があまり意味のないものに感じられて心地よいということがあるんです。

「この人は、こういう年齢でこういう立場だから、こうあるべきだ/こうしてくれるはずだ/そうしてくれて当たり前だ。」

相手のことをそんなふうに見ることは、相手にとっても自分にとっても、幸せなことではありません。それどころか、相手がもし自分の期待どおりにしてくれなければ怒りがわいてきます。頭にくるんです。つまりそれは喧嘩の原因になって、互いに不幸な時間、不幸な時代を作ってしまいます。要らぬ悩みができて、イライラして病気になったり事故にあったりします。「妖怪ハズデショベキデッショー」というのを先日紹介しましたが、まさにそんな感じで怒れる妖怪に変身してしまうのです。

そんなことにならないようにするための、とても簡単な考え方があります。

それが、 “人は年を取らない” という考え方です。

「そんなの嘘だ。誰だって年を取るし、老いていって死ぬんだから。年は取るのが当たり前だ」

きっと多くの人がそんなふうに思われるかもしれません。でも本当に、私たちは誰も年を取らないんです。

このサイトをよくお読みくださっている方や、パーミストリー講座を受講してくださっている方なら、すぐに理解できると思いますが、年を取るのは、私たちという存在そのものではなくて、私たちが持ち主として持たされ、支配している、私たちの持ち物なのです。

私たちの持ち物は年を取る。でも、私たち持ち主は年を取らない。

年を取るのは、まず私たちの乗り物である体です。そして、思考や感情を直接行なっている脳です。つまり、容姿、体格、運動能力、性格、思考、感情・・・などは年を取ります。でも、その持ち主である私たち自身という本当の存在は年を取らないんです。

年齢を何かにつけて基準にして考えるということをしていると、持ち主よりも持ち物の方を重く見てしまうことになりやすいのですが、年齢よりも大事なのは、その人の存在そのものです。そのへんは、毎日しっかりと心がけて暮らしたいものですね。