2013年5月18日土曜日

親子並みの絆のつくり方

幸せになる方法、コスモロジカル・パーミストリーです。

親というのは、子供に感謝されるのが標準です。結婚披露宴で、花嫁さんがお母さんに感謝、お父さんに感謝の言葉を捧げて、大泣きに泣いたりしますが、それはお父さんお母さんが娘を大事に育ててきたから、ということになります。

では、「大事に育てた」というのは具体的にどういうことかというと、すごくわかりやすい例をあげます。

娘が十代のころにぐれて、母親に向かって「死ねよクソババぁ!」と言います。母親はそれに対して特に怒りもせず、ただ黙々とご飯の支度をし、娘が必要なら小遣いも与え、繕いが必要なら娘の学校の制服の繕いを夜遅くまでやっています。娘は悪い友だちと夜遅くまで遊び歩いてなかなか帰ってきませんが、それでも母親がしてくれていることには気づいています。気づいていても、無口な母親には不満がいっぱいです。

というようなことがあったとします。これを見て誰でも、親ならそれで当然と思うかもしれません。子供に悪態をつかれてもやり返さず、むしろ親としての務めをせっせとこなす。そこに無私の愛というものがあるんですが、それも親なら当然なのかもしれません。

相手の存在を肯定するというのが「肯定思考」ですが、親の愛というものこそが、肯定思考の代表といってもよいかもしれません。

大人として社会に生き、結婚して家庭を築くということを誰でもやっていますが、夫婦仲をうまく続けることに苦労している人は多いようで、こんなことを書いている筆者も離婚を経験しています。どうにもならず離婚して、かえってそれから本当に幸せになったということなら良いのですが、そうはならず、また結婚して離婚、離婚してまた結婚ということを繰り返している人も増えています。一方で、誰かと家庭を築く自信がなくなって二度と結婚しないことを決めた人、最初から結婚には消極的な人など様々ですが、愛する人と揺るぎない絆を築きたいと願うことも、人として持って当たり前の夢でしょう。

そんなことが本当にできるのか。できるとしたらどうやるのかという、その考え方を知るために、親の愛というものを見てみました。その「方法」を要約すれば、「相手に嫌なことをされた時、嫌なことを言われた時こそ、相手の喜ぶことをして、相手を徹底的に肯定する」ということです。

そんなことは不可能だと思う人もあるかもしれませんが、親が子にできて、夫が妻に、妻が夫にできないということがあるでしょうか。もしできないとすれば、それは最初から無理だと決めてかかっている、つまり否定思考をしているということにならないでしょうか。もちろん、どちらか一方が肯定思考でがんばっても、他方が否定思考で少しも反省しないということなら、夢は夢で終わり、ということになるかもしれません。それでも肯定思考の力を理解できる人は、自分が少しはくたくたになってでも、相手が自分の肯定思考に気づいてくれるまでがんばってみてもいいかもしれません。